インドネシアから見た日本の姿

11月4日(金)の部会でG.A.S担当になったゆっきーです。

 

 私のプレゼンの題名は「インドネシアから見た日本の姿」です。

 私は、小学校4年生から中学校3年生まで父の仕事の都合でインドネシアに滞在していました。日本人学校で学んだ内容はほとんど文科省の指導要領にのっとっていたので、日本の公立校と同じです。しかし、総合の時間だけはインドネシアの自然、文化や歴史など日本では学べないことを学びました。このとき感じた日本内で教える日本の歴史と外から見た日本の歴史の違いについて、今回プレゼンしました。以下、偏っていると思われる内容もありますが、個人の意見としてとらえてもらえばと思います。

 

 私が今回プレゼンで述べたかった内容は主に2つ。「教育の大切さ」と「自衛の必要性」です。

 まず前者ですが、インドネシアはオランダの植民地支配を340年間受けました。このときオランダが行った「愚民政策」は、その名の通りインドネシア人に一切の教育を行わないというものでした。教育を受けさせてもらえないインドネシア人は圧倒的に強いオランダ人を前に独立ということを思考することすらできなくなりました。インドネシアが独立するきっかけになったのが大東亜共栄圏の思想を掲げた日本の支配です。オランダをわずか10日で追い出し、本来の目的は化石燃料の確保でしたが、インドネシアの独立も目的の一つとして、次々に学校を建て、インドネシア人に教育を受けさせ、日本のお金で留学もさせました。同時に有能な人材には責任ある管理職にも就かせました。これらの政策により、インドネシアには独立の意識が芽生え、スカルノ初代大統領を筆頭にオランダとの独立戦争に突入したわけです。

 教育は国の方向が180°変わるほどの力を持っています。そんな力を持っているのに、日本の歴史の教科書は日本の悪い面ばかりを強調し、愛国心を失わせようとしています。上記の歴史はインドネシアで学んだものです。一方同じ行為を日本の教科書は「大東亜共栄圏の思想を掲げ、東南アジア諸国を”侵略”しました。」と書いています。欧米列強が植民地目的でアジア、アフリカに向かったことは教科書には「進出した」と書かれているのに、日本のやった善行は無視されこのようなネガティブな単語にまとめられているのです。こうした記述は教科書にたくさんあり、その背景に戦後GHQが行った教育改革があります。日本が悪いことをしたと教育された子供たちは日本が好きになれません。国民に愛国心を無くすことは外からの圧力に屈しやすい、つまり占領しやすいということになります。これがアメリカの目的でした。

 教育は様々な時代で様々な支配者がその価値を知り、利用してきました。その結果、戦後70年たった今もこの教育は続いており、日本は戦争を引き起こし、たくさんの国を支配した悪い国だからと多額の賠償金も払っています。しかし、日本が支配した国は、日本の敗戦後次々に独立を勝ち取りました。日本に感謝している東南アジアの国もたくさんあります。インドネシアもその一つです。力をもっているからこそ、教育は偏らず公平な立場で行われる必要があります。

 

 次に後者の自衛についてですが、先ほどの内容とつながる部分があります。日本はインドネシアを支配している間、教育だけではなく軍隊の設立、強化にも努めました。これをPETA(ペタ)(郷土防衛義勇軍)といいます。軍隊ですから、訓練は非常に厳しかったそうですが、だからこそインドネシアは当時戦車も武器もたくさんあったオランダに勝てたのです。

 独立戦争は日本が敗戦した2日後の8月17日にスカルノ初代大統領が独立宣言をして、始まりました。日本は敗戦したので日本兵は帰国命令が下され、インドネシアから撤退しました。その時撤退を拒否してインドネシアの独立のために戦争に参加した日本兵を残留日本兵といいます。残留日本兵は訓練ばかりで実戦経験の浅いPETAを前線で指揮しました。4年5か月にもわたる戦争は約80万人もの戦死者を出し、インドネシアの勝利で幕を閉じました。

 戦争はいけないものです。生活は奪われ、たくさんの人が死にます。しかし、だからと言ってもし、インドネシアが日本の敗戦を聞きつけて再度植民地化しようとするオランダを前に、「戦争はいけないことだから」と武力を放棄したらインドネシアはまたオランダに支配されていたことでしょう。国家間の緊迫した関係において「話し合い」は通用しない良い例です。日本は現在、憲法で戦力を持つことを認めていません。9条改正の動きも見られますが、反対の声もたくさんあります。しかし、中国は尖閣諸島の占有権を主張し、領海侵犯を何度も行い、韓国は反日教育を行ってありもしない歴史を作り上げて日本から賠償金を得ようとし、北朝鮮は核実験、ミサイル発射、日本人の拉致をし、隣国における国際情勢は非常に危険な状態です。皇紀2676年の今年まで日本は何度も無くなる危機を迎えながらそれでも先人たちの努力のおかげで、2676年間日本は日本であり続けられました。これからも、日本が無くなってしまわないように自衛隊という限定的な戦力(「自衛が目的だから、相手に攻撃はできない」では日本を本当に守っているとは言えない)ではなく軍を持つのも一つの方法であると思います。

 

40分ほどのプレゼンを簡潔にするのはなかなか骨が折れます…。長々とすみません。これでも大分省略したのですが…。

 

部員の意見に、「日本は結果的に東南アジアの独立に導いたかもしれないけど、それは結果論であって当時は国益が日本の動く理由で一番大きいと思う。だから、実際にあった非道を無視して日本は良いことをしたんだって威張るのは良くない」というものがありました。確かに、結果論です。日本だって慈善団体ではありませんから、インドネシアでも石油を求めてたくさんの非道な行いもしました。しかし、世界でたくさんの戦争が今まで行われた中で結果的に良い部分をもたらしたことが他にあったでしょうか?欧米(主にアメリカ)は戦勝国だから日本に核爆弾を落としても英雄です。日本は敗戦国だからたとえ結果としてアジア諸国を独立に導いても悪いことをしたと謝り続けないといけません。戦後70年も経てば、当時指導者として戦争に直接関わった人はほとんどいません。いつか世界中に第二次世界大戦を経験した人はいなくなるでしょう。被害者も加害者も。それでも日本は謝り続けなければいけませんか?

 

 また、教育観点で教科書について話が盛り上がりました。「教科書は日本が行った内容を善も悪もバランスよく書かれるべきだ」という意見もあれば、「ただでさえ近代史は時間が足りなくなって授業スピードが速くなるのに、これ以上バランスよく細かく書いてたら、1年で授業が間に合わなくなる」という意見もありました。また、「今の日本の教科書が日本が悪く書かれているのは日本の文化である奥ゆかしさのような部分もあるかもしれない。日本が行った良いことは謙虚な姿勢であまり書かず、悪いことは今後行わないように反省の意味からしっかり書いたら、今の教科書のような書き方になったのかも」というユニークな意見もでました。今の教科書の内容が100%GHQの画策とも言えませんから、そのような考えも面白いなと感じました。

 

 最後に、アメリカ大統領がトランプ氏に決まりました。プレゼン時はまだ決まっていなかったので議題には上がりませんでしたが、個人的に調べた内容がプレゼンの内容に結びつくところがあったので、書いておきます。

 トランプ氏が大統領になり、日本は「これから日本は大丈夫か?」と心配の声が上がっているように思います。しかし、これはチャンスなのだという意見もありました。日本は戦後70年間アメリカと同盟関係にありながら安全保障条約においてアメリカに守ってもらうという上下関係がありました。トランプ氏は在日アメリカ軍を駐留させたければお金を払えと言っています。もし、日本がお金を払ってアメリカ軍を国内に置いたなら、アメリカと日本の関係は対等もしくはお金を払っている日本のほうが優位になります。もし、お金を払わずアメリカ軍がいなくなれば、「何かあればアメリカが助けてくれる」と言っている憲法改正反対派も、日本が何らかの対策をしなければいけないということが見えてくるかもしれません。

実際、どうなるかはわかりませんが、これからの日米関係に注目してみましょう^▽^

 

長文最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

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コメント: 2
  • #1

    嶋田和弥 (月曜日, 21 11月 2016 09:11)

    興味深く読ませて頂きました。
    インドネシアにすんだことのある日本人の方のお話、というか文書を読むことが無かったので、PETAのお話等、初めて聞く話も多く、面白かったです。

    文章中で少し気になったのは、インドネシアへの視点が日本人の立場からしか語られていないことです。インドネシア人が求めていたのはインドネシア人による独立であり、日本人による独立ではなかったと思います。やはり日本は「招かれざる客」で、どんなにいいことをしても本質的には求められていたかどうかは個人的には疑問です。
    また、第二次大戦における日本側の失態はインドネシア進出以降なので、その後とは比べ物にならないほどスムーズに統治できたと思います。

    すみません、インドネシアの話題はこの記事の本質ではありませんでしたね。

    私も、教育については非常に重要だと思っています。とくに、「歴史は暗記教化」という固定概念から外れ、様々な主張を戦わせられるような、一つの視点からでなく多くの視点から歴史を見られるような教育が必要だと考えています。

    自衛についてですが、あまりにもスケールが大きすぎる話なので、このコメントに書くのは差し控えますが、インドネシアの独立時の例はとても興味深かったです。

    最後になりますが、インドネシアに居住されていたからこそのお話だったと思います。

    ありがとうございました。

  • #2

    ゆっきー (火曜日, 22 11月 2016 12:39)

    嶋田さん
    読んでいただき、ありがとうございます。

    >インドネシア人が求めていたのはインドネシア人による独立であり、日本人による独立ではなかったと思います。やはり日本は「招かれざる客」で、どんなにいいことをしても本質的には求められていたかどうかは個人的には疑問です。

    これに関して、興味深いお話があります。

    12世紀、まだオランダが植民地支配にやってくる前、東ジャワで繁栄したクディリ王国のジョヨボヨ王が書き記した「バラタユダ」の1節にこのような記述がありました。
    「我らが王国は、白い人びとに支配される。彼らは離れたところから攻撃する魔法の杖を持っている。この白い人の支配は長く続くが、空から黄色い人びとがやってきて白い人を駆逐する。この黄色い人びとも我らが王国を支配するが、それはトウモロコシの寿命と同じくらいの期間だ」
    この後、インドネシアはオランダに支配されます。この内容は「ジョヨボヨ王の予言」と言われ、インドネシア人に広く伝えられました。
    そして、日本がやってきます。オランダの政策により、独立という言葉すら思いつかなくなったインドネシア人は空から落下傘で降りてくる日本兵を見て、予言の実現と大いに日本を歓迎しました。また、はじめは警戒していた人も、徐々に日本の教育政策や、軍の設立などを見て、日本を信頼するとともに、アジア人は白人の奴隷ではないのだと気づいたのです。

    オランダの植民地支配下でも、インドネシアの独立を志して反乱を起こす人たちはたくさんいました。しかし、そのたびに反乱は鎮圧され、首謀者は牢に入れられました。スカルノ初代大統領もその一人です。支配されている国が支配している国に打ち勝つのには、第三者の助けが必要不可欠です。そのような意味で、日本の占領は大きな功績を残しましたし、このときの関係が今の日本とインドネシアの良好な関係につながっているのだと思います。

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